アーサー・ロックの生涯・名言

ベンチャーキャピタリスト

インテルやアップルの初期投資家

項目人物像データ
本名:アーサー・ロック
特徴:何でも興味を持ち人の話によく耳を傾ける
得意科目:経営学(?)
出身大学:ハーバードビジネススクール
大学の専攻科目:MBA

アーサー・ロックの生涯

幼少期から学生時代

1926年、アメリカで生まれる。
両親は菓子店を営んでいた。
1951年にハーバードビジネススクールのMBA(経営管理学の学位)を取得し、ニューヨークにある投資銀行ハイドン・ストーンに就職する。

ユージン・クライナーとの出会い

ある日、ショックレー半導体研究所に勤めていたユージン・クライナーから手紙が届く。
手紙の内容は、ショックレー半導体研究所の長、ウィリアム・ショックレーの経営についていくことができない人が多いため仲間の仕事先はないか探してもらえないかといったものだった。
そこでアーサー・ロックは、ショックレー研究所のユージン・クライナーとロバート・ノイスに会うことになる。
ユージン・クライナーの話は、シリコンを材料にしたトランジスタの製造を探りコンピュータ業界に革命を起こしたいので新しく起業するための資金調達に手をかしてくれという内容だった。
この話に心を動かされたアーサー・ロックは150万ドルの資金調達に手をかすことにした。
アーサー・ロックは膨大な投資家たちにこの話を持ちかけ、膨大な投資家たちに断られた。
土壇場まで追い込まれたときIBMの筆頭株主でもあるシャーマン・フェアチャイルドに声をかけ、高い評価を得て150万ドルの融資をなんとかこぎつけることに成功する。
こうしてかの有名なフェアチャイルド・セミコンダクターズ社は設立されたのだった。
フェアチャイルド・セミコンダクターの大成功でアーサー・ロックはハイドン・ストーンの役員にまで昇進する。

ベンチャーキャピタル投資本格始動!

アーサー・ロックはこの成功をきっかけに西海岸での投資のチャンスがほかにもないかと考え調査し始めた。
あるときカーン・カウンティ・ランド・カンパニーで働くトム・デイビスという男と出会う。
トム・デイビスは、自社のカーン・カウンティ・ランド・カンパニーに余裕資金を使い他の企業にもっと投資するように薦めていたがなかなかうまくいかずにいた人物だった。
そんなことからアーサー・ロックとトム・デイビスは1967年に協力して半導体関連の新興企業をメインに扱う投資会社ロック・アンド・デイビスを設立することになる。
ロックの手法はただ投資するだけにとどまらず、投資先の企業役員会に自ら出席し経営者と連携をとり成功のチャンスを広げるものだった。
その甲斐もあり1969年には投資先の会社をゼロックスに9億9000万ドルで売却することにも成功している。
1970年にアーサー・ロックは新たに別のパートナーシップ、アーサー・ロック・アンド・アソシエイツ社を設立。

“8人の裏切り者”との競合

このとき、以前手がけたフェアチャイルド・セミコンダクターズの経営者が変わり、経営者と二人の研究者の間に問題が発生していた。
二人の研究者とはかのゴードン・ムーアとボブ・ノイスである。(現在ゴードン・ムーアは「ムーアの法則」を提唱したことでも有名。)
二人はフェアチャイルド・セミコンダクターズを離脱し、自分たちの会社を興して半導体メモリの開発製造をする計画をアーサー・ロックに持ちかけることになる。
アーサー・ロックは2日で550万ドル集めこの会社に投資することを決断する。
ここで投資した会社が後のインテルであり、アーサー・ロックはインテルの会長になるのである。
この後、アーサー・ロックはインテルの元副社長マイク・マークラの話を受け誕生間もないアップル社への投資も成功させる。

アーサー・ロックの名言

  • 今では、特定の企業をじっくり検討している時間はない。話があったその日に決断しなければならないときもある

アーサー・ロック関連書籍


アメリカを創ったベンチャー・キャピタリスト―夢を支えた35人の軌跡 (Harvard Business School Press)

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